Voices from the U.K.(1995)

静かなる危機
誰もが避けては通れない
過ぎゆく時間と見えない決断のはざまで
君はどこまで素知らぬふりができるだろうか

高速道路を突っ走る人生
最後のインターチェンジ下りた後で
初めて気づくのさ
目的地は誰ひとりとして同じでないことに・・・

もし君があらゆる選択に戸惑いを覚えるのなら
いまひととき全てを忘れて
この声に耳を傾けて欲しい
These are my voices from the United Kingdom…

-Contents-
#1: T.C.R. (Spring)
#2: V.J. Day (Summer)
#3: Silent Crisis (Autumn)
#4: The Land of Refugee (Winter)

#1: Tottenham Court Road

地下鉄のべとつく風をすり抜け
交差点へと駆け上がった瞬間
夕暮れになびくネクタイが
とても気持ちよくて

ヒッタイト、メソポタミア、アナトリア、パレスチナ・・・
今の僕にはもうどうでもいいこと
ツタンカーメンよりロゼッタストーンよりマグナカルタより
今はコードレス電話に夢中なのさ

裏通りさまよう少女よ
そんな切ない瞳で
そんなにきれいな英語で
この異邦人に無心するのはやめておくれ

君がここで今夜のFISH&CHIPSのために恥を捨て
僕がここで印度商人相手の休日勤務に身をやつすこの瞬間にさえ
ロシアでは密輸と汚職で儲けた連中が
KX-F130BXを先を争って求めているのだから

ストリート・ミュージシャンの
ものうげなサキソフォンの調べも
もう僕の心とらえはしない
この街で僕はもう詩人でも学者でもない
誰もが僕をこう呼ぶ
Hey, Panasonic Man…

ロンドン中心部、大英博物館に程近いTottenham Court Road (T.C.R.)は、秋葉原の裏通りの如き、電器製品のジャンク店が肩を寄せあう、エキサイテイングな場所だ。ここに足繁く通い、ライバルメーカーの新製品にチェックを入れ、南アジア、中近東系のちょっとひとくせある店員たちとおしゃべりを交わし、「商品が足りない」と文句をいわれつつも、僕たちの工場で作ったコードレス電話やファクシミリが、驚くようなプレミア付きの値段で売れているのを目の当たりにするのは、それだけで十分わくわくする経験だった。

#2: V.J. Day

26回目の誕生日と
50回目の終戦記念日を
地球の裏側の戦勝国で過ごすなんて
思ってもみなかった

ハイウエイ飛ばす車の上に
今降り注ぐ真夏の日差しは
どこまでも透明で
忌まわしい記憶のかけらもない

政治家たちは相変わらず
見苦しい芝居を続けるだけだが
僕には世界を変えることなんてできない
でも僕の中の世界は変えることができる

NEGATIVEをZEROにするだけの空しい努力は
もういい加減終わりにしたいのさ
今や僕らの一切の罪はあがなわれ
全てをPLUSへと導く時がきているのだから

1995年8月15日、ヨーロッパ人が「V.J.(VICTORY JAPAN) DAY」と呼ぶこの日、僕はロンドンのとある場所で、英国人セールスマンと一緒に、発売したばかりの電話交換機の設置作業をして、まる一日を過ごした。
煮え切らない不戦決議、ぼやけたままの戦争責任、海の向こうから伝わる混迷の政局と、第二次大戦を余りにも無批判に「神の恩寵による正義の勝利」と規定して憚らない、英国の戦勝記念行事との落差にわずかに釈然としないものを感じつつも、サマータイムの熱い日差しが、そんな戸惑いさえ全て洗い流してくれると信じていた26歳の夏だった。
そして僕らの父親たちが焼け跡から立ち上がり、歩き出してから半世紀ちょうど、僕は今こうしてかつての敵国の地で仕事をしているけれど、決して自分を「経済戦争の進駐軍兵士」とは定義したくない。僕だって決して、ナショナリズムとコスモポリタニズムとの二者択一の命題から自由ではないけれど、少なくとも僕が働きたい職場は、真の多国籍企業としてのPanasonicなのだから。

#3: Silent Crisis

オブラートの中の危機感
抜けがらのようにこぼれ落ちてゆく時間
3杯目のコカコーラも
君の苛立ちをかきたてるだけ

パラノイアが君のデスクを
ゴミ箱から最もかけはなれたものへと変える
まだ気づかないのかい
興奮と失望はコインの両面だということに

肩に負うのは中身さえわからぬ重荷
「人生の意味」についての幾千の考察
君が曖昧な不安を客観化できずにいる間に
ほら21世紀はもうすぐそこに

夏は過ぎ風はよそよそしさを増す
でも決して彼等のせいにはできない
君はいつだってどこまでも
走り続けてゆかなければ・・・・

卒業から3年半、想像していた以上の物質的な豊かさを手に入れた。それとひきかえに、研ぎ澄まされた感性を徹底的に削り取られた。今ではもう、何事にも夢中になれないさめた自分の心に、いらだちを感じることさえできない。かといって、何の疑問も感じずに人生守りに入れる程、まだ達観できてもいない。
しかし、そんな時代だからこそ、不透明さの向こう側に見える、未来への勇気をいつでも確かめていたいと、願ってやまない。

#4: The Land of Refugee

テロリストの影におびえて
街を歩くのはもうやめにしたい
TVスクリーンの中の悲劇に
これ以上鈍感にはなりたくない

机の上の書類の山も
今だけはきれいに忘れていたい
せめて今日だけは君と
くだらないことで喧嘩したくない

君と僕のために祈ろう
今日救いを求める誰かのために祈ろう
ベルファストのために祈ろう
ボスニアのために祈ろう

世界のあらゆる人のために祈りたい
MERRY CHRISTMAS・・・